アコ☆3mLOVE&PEACE!


by aco_cocoa

照らされて光るもん、それが自分

この話はほっとーんど数人にしか言ってません。親や兄弟にも話してません。

たぶん、たぶん、最近自分の中でやっと「よかったなぁ~」って言えたこと。
最近新しくお友達になったお店に行った時、自分でもすんなり話せたこと。

そのお蔭で友達を、周りの人を大事にできるようになったから
すっごく自分を変えた出来事。金沢を大好きになったキッカケのこと。

でも、口に出すとその時の恐怖がまたやってきそうで長い間言えなかった。
でも今は大丈夫。今はその人のこと、
「自分の中で大事なこと気づかせる為に悪役になってくれてありがとう。」
って言えるようになった。(もちろん、もうつりあわないご縁やし会うこともないけど~)

そのお話を今から書きます。ビバ!卒業です。ありがとうみんな。

*** *** *** *** *** *** ***

26歳ぐらいの時、1回目のフィリピンから帰ってからずーと家を出たくて
出たくてしょうがありませんでした。

親も毎日うるさいし、家全体もなんだかピリピリしてて居心地悪いし。

なんだか周りのお友達や金沢全体も自分にはすごく近く感じ過ぎて
頼られるのもしんどいなー、明るく振舞うのってめんどくさいって思ってました。

どっか誰もアコを知らない県外で働いてみたい!ちょっとでいいしって
思うようになってました。

「どこか県外でバイトして家出てみたい‥‥」ある喫茶店のマスターに
ポツリとつぶやきました。そしたら愛知の方で友達がレゲエバーやってるし
そこに話してみようか~って言ってくれて、とんとん拍子に話も進んで
12月の後半から、1ヶ月から3ヶ月くらいで住み込みできたらいいよってことに
なりました。

マナにだけ連絡先を教えて、「ちょっと行ってくるね」って親にどこ行くかとか言わず
愛知の豊橋行きのバスチケット買って、なけなしの2万円もって出発しました。

今考えると恐ろしいですよねー、なーんにも知らないお嬢さんです。

豊橋の駅について先方のオーナーに迎えにきてもらって
グルグル豊橋を案内してもらいながら、いろいろお話しました。

なーんかイイ人そう。
5時からバーに行くし、これから同居する家に行こうということになりました。

平屋の借家、台所、お風呂、トイレ、お部屋2つ。小さい小さいうち。

「ここが俺の部屋だから、あなたは隣の居間で寝起きして。お布団はこれね。」
ふすま1つ隔てた6畳間ずつの部屋を期限付きでシェアすることになりました。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

それから、毎日夕方5時に出勤して朝2時から4時に帰る日々が続きました。
ボブ・マリーやジャパニーズレゲエが大音量で流れる広めのバー。

アコはお酒が飲めないし、夜のお店も初めてだし(もちろんお愛想も言えない)
フード担当になって厨房でポテト作ったり、チンするピラフ温めたりしてました。

最初は優しかったオーナーもだんだん本性が出てきて、(相性が悪かったんやね~)
落ち着いてからその人を見ると、言ってることはピースフル、でもだらしなくて
軽いし、不潔で裏表のある人なんだなーとわかるようになってきました。

世界各地を放浪したということを若い世代の子に英雄のように話して、
あ~アコもそれに最初「すっげー!」とか「カッコいい~!」とか思ったんや。

慣れない昼夜逆転の生活と人のうちに曲がりさせてもらうストレスで
1週間経たない間に、大熱が出て布団から出れなくなってしまいました。

「おいっ!店行くぞ!まだ寝てるのか!」ふすまを開けて怒られます。

「すいません、昨日の夜から風邪っぽくて熱あるみたいでダルいんです。」

「じゃ!寝とれ!」バタンっと玄関をしめて出て行きました。

日ごろそんなに熱出す方じゃなかったから、ほんとしんどかった。
布団に寝ながら、ずーと「お母さん、お母さん、お母さん、お母さん」って祈ってた。

自分が何も伝えず、ふわ~と家を出てきたし電話ができるわけでもなくて
ずーーーーっと、ずーーーっと、泣きながら「お母さん、お母さん、お母さん」って。

「同じ死ぬならお母さんに頭なでられながら死にたい」って思った。

すっごく孤独だった、人生でこんだけ孤独なことなんて今まで1度もなかった。

‥‥風邪も治って年末・年始もバーで働きました。

少しずつお客さんやバイト仲間とも話すようになってたけど
(自分の中で壁を作ってたローな部分もあって)なーんかノリも違って孤独。

ずーとずーとその孤独感は拭えなかった。

家から車で15分ぐらいのバーに最初は、オーナーと一緒に行ってたけど
オーナーが朝の6時くらいまでお客さんと飲むとなったらそのまま待つってことも
続いて限界になっていたら、常連さんが自転車を貸してくれた。

朝2時に自転車で帰ってきて、オーナー帰ってくる前にお風呂入って寝て
お昼近くに起きて、(その時にはオーナーはどこかへ行っていた)
近くのスーパー行って2万円の中からお米とお味噌を買った。

それまですっごくジャンクなものばかり食べてたので、いつも野菜を買いにいった。

具沢山味噌汁とお米をたっぷり食べて、5時に入れるように自転車で出勤。

お酒の作り方を覚えたり、背広の会社員の人とつまんないお話したり。
もともと下ネタとかも苦手やし、ほーんとお酒も飲めんしノリがついていけなくて
しんどかった。地獄のような8時間。人にいっぱい囲まれてるのに“孤独”やった。

自転車にのって出勤前に、豊橋の街の中ウロウロして(お金もないし見るだけ)
お気に入りの古着屋さんみつけて店員さんとお話するのが楽しみって感じ。

家に帰ると6畳の居間(アコが借りてる部屋)や共有のお部屋をずーと掃除。
ほーーーんと30半ばの独身オーナー(それもレゲエ)の家は
落ち着いてみると壮絶に汚かった。

少しずつ、少しずつ拭いてキレイにしていきまいた。

何もすることがない時は、暗い電球1つの自分の部屋でテレビ見てました。

いつも帰りたい、いや最低1ヶ月いるんだ、でも帰りたいって言い聞かせてました。
負けず嫌いなアコは、「もう泣いて帰るのか!」って嫌いなオーナーに言われること
だけが絶対いやだった。それだけはしない!って奮い立たせてた。

金沢の友達から「1月末にイベントするしその時は帰ってきてね」と約束してました。
その日を目指して帰ろうって決めました。

今考えてもあの1ヶ月は人生で一番長かった。
オーナーに「1月のこの日に帰ろうと思います、よろしくお願いします。」と伝えました。

オーナー自身も、相性の悪いアコとの共同生活がしんどかったらしく
「じゃあ、この日にまでに1ヶ月の給料を計算して渡すわ」と言ってくれました。

金沢行きのバスのチケットを買いにいって、バイト仲間に簡単な送別会開いて
もらって、さーいざ帰る日。冷蔵庫の上に給料袋が置いてありました。

ほとんどお金がなくなっていたので、パッと袋を空けると3~4万ぐらいと
オーナーからの手紙が入ってました。

「少しは世間勉強になったかい? 自分の甘さを感じたかい?」そんなことが
書いてありました。くやしくてくやしくて破り捨てました。

アコなりに安く計算してても10万以上はもらえる予定と思ってたので
半分以下の中身にビックリして明細を見てみると、

普通にお客さんが来た日、自給〇〇〇円×〇〇時間‥‥〇〇〇〇〇円
お客さんが少なくて暇だった日、自給〇〇〇円×〇〇時間‥‥〇〇〇〇〇円
宿泊代・光熱費・ガス代 〇〇〇円×〇〇日分 〇〇〇〇〇円差し引き

トータル〇〇〇〇〇円。

こーんな世界がこの世の中にあるんやなーと
(のほほーんと大事に育てられたアコは)すごくショックでした。

でもここから開放さてる。金沢に戻れる。今日帰れる。お母さんに会える。

何度か息を整えて荷物を持って1ヶ月半ほどお世話になった小さな借家を出ました。

高速バスに乗って、ずーと震えていました。なんだか怖くて怖くて。
よくわかんなかったけど、恐怖感がずーと追っかけてくるよで恐ろしかった。

長い長いトンネルを越えた時、懐かしいボタン雪がバスの大きな窓に
降ってきてふわふわと舞い上がって目の前を真っ白に変えました。

一番前の左側、1人用の席で荷物をずーとかかえながら、震えていた子が
急にワンワン泣き出したから、たぶんバスの運ちゃんビックリしたやろうなー。

今考えても、あの時の安心感。キレイやーって思ったこと忘れられない。

金沢の街にバスは着いて、紹介してくれた喫茶店のマスターにお礼を
言いにいきました。

マスターは何も聞かず「いい経験になったやんか」と言いました。
その時の自分にはほんとにキツイ言葉やったけど、ほんとそう思う。

その後すぐ友達がイベントの準備してる場所に向かいました。
いっぱい、いっぱい友達が集まっていてくれました。

「アコちゃん、待ってたよ!やっと帰ってきたねー。」
「アコちゃん、お帰り~よかったー帰ってきたー。」
「アコちゃん、寂しかったよー。」

みーんなみんな何も聞かずにねぎらって優しい言葉をかけてくれました。

一番仲良いい友達は、「アコ!お帰り!」とギュとハグしてくれました。

アコは、やっとその子の中でホッとしてギュと抱きついてワンワン、ワンワン
泣き続けました。

事情がわからない友達は、不思議な顔で笑いながらまた抱きしめてくれました。

マナがそこに迎えにきてくれて、やっと家に帰ったような気がします。
やっとお母さんの温かいご飯が食べれた。やっとお母さんの側に帰れた。

それから1ヶ月以上暗闇になると、あの恐怖感が襲ってきて涙が止まらなかった。
大好きだったレゲエを聞くと吐き気がするようになった。

気がつくと止まってる自分に気づくようになった。

ゆっくりゆっくり春にむけて無理なく笑えるようになっていきました。
みんな、みんな大好きな友達のお蔭。前と変わらず愛し続けてくれた友達のお蔭。

ワガママで勝手だった、自分は個性的で愛嬌があるからみんなから
愛されるんだ。どこか自分にパワーがあるから人に好かれるんだって勘違いしてた。

みんなに心の鏡に照らされて、アコがいつも輝けるんだ!って気づけた。

みんなが「アコちゃん」、「アコちゃん」と愛してくれるからアコは安心して笑えるって
とっても大事なことに気づくことができた。

家族の大切さも、どんだけお母さんのこと好きかも気づけた。

ほんと危ないことにあったわけでもない、ずーと気づいてたけど卒業するのに
数年かかった。もうレゲエ聞いても大丈夫になった。その時の自分を許せた。

いつも大事な人に囲まれ、愛されること。それはすっごーく奇跡に近い。

それから周りの人みんな自分らしく大事にしていこうってできるようになった。

あたり前な瞬間、瞬間にいつも感謝できるようになった。

今日も太陽や気持ちいい風囲まれ、マナとご飯が美味しいって言える!
ほーんと幸せや~。みーんなありがとう!いつも照らしてくれるんやね。

アコもみんなのこと、アコの心の鏡で照らし続けるよー。
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by aco_cocoa | 2007-03-02 20:53